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    同級生たちが、家族のような寛大さで、私を育んでくれていたことを初めて知る
    中学校の同級会から1週間が過ぎました。
    そのときに書いた感想を、冷めた視点で読み返し、気持ちが変わっていないことを確認したので、公開してみます。

    担任の先生方へ記念品と花束の贈呈シーン

     5月23日(土)、中学の同級会に出席。
     クラス単位での同級会は、これまでに数回あったが、学年全体はこれが初めて。ほとんどの人が、実に37年ぶりの再会となる。
     会う人ごとに「やせてる」と言われて、一般的な観点からなら歓迎すべきなのだろうが、筋肉量不足を思い知らされるようで、不満が高まってしまう。
     このあたりは予想していた反応だったが、初期反応から先の会話は、意外な内容が待っていた。
     「野沢君によくいじめられた」
     という発言に始まり、確かに私はいじめっ子だったので、「本当にいじめてました。ごめんなさい」と応じていると…、

     「テストの答案用紙を横取りされた」
     (「答を教えて」と聞くならまだしも、答案用紙そのものを取ったりするだろうか?)←私の心の声です。発言はしていません。
     「机が隣同士だったとき、野沢君の机に文房具などがはみ出ると落書きされた」
     (そんな行動、まったく記憶してないよ!)←私の心の声です。発言はしていません。
     「先生の言うことを聞かず好き勝手にやっていた」
     (それはそうだろうな。先生に逆らうことが自己表現みたいに考えていたので。万年反抗期だ)←私の心の声です。発言はしていません。

     などと私の傍若無人な行動についての発言が続出。
     それらに関して、本人はほとんど記憶していないのだから恐ろしい。
     ほぼ全員に共通する「総括」としては、
     「野沢は、すごくやんちゃだった」
     であった。
     まったくご指摘の通りで、否定の余地はみじんもありません。

     37年という年月を経ての再会で、そうした発言の連続になるとは予想外ながらも、昔話として愉快に楽しんではいたが、次第に明らかになってくることがあった。
     私がそれほど自分勝手な行動をとりまくっていたにもかかわらず、周囲の同級生たちは、頭からとがめたり対立したりすることなく、温かく見守ってくれていた、ということだ。
     私の発散するエネルギーを否定し封じ込めるのではなく、放任しておくことにより、本人がとるべき行動や方向を自由に模索させてくれていたのであろう。
     それも、家族のような寛大をもって…。
     彼らは、私を育んでくれていたのだ。
     育てる、とは、親や家族、先生など、年上の人たちがしてくれることだととらえていて、今回まで疑問をはさむことがなく生きてきた。
     しかし、人を育てるのは、年長者だけではなく、同い年でも年下でも、可能なのだ。
     中学の3年間、長い人では小学校から通して9年間、私は同級生の皆に育てられ続けていた。

     学校の同級生なんて、同じ年度と地域に生まれたというだけの理由で同じ場所に詰め込まれて同じ教育を受けさせられる、自分の意志が介在することなく「負の共生」を強制された人たちだ。
     そう見なして軽んじるばかりであった。今回の同級会までは。
     しかし、実は彼らにこそ、自分は育まれていたのだ、と初めて知り、限りない感謝の念が湧き上がることを禁じ得ない。
     この感謝をどう表現したらいいのか?
     この感謝をどう返せるものなのか?
     人生経験豊富な同級生たちと違って、やんちゃなままに歳を重ねてしまっている身としては、どういう行動や言動をとるべきか、まだ答は見つかっていない。
     しかし、これから何十年後になるかはわからないが、また再会の機会があるならば、最大の感謝をもって対面し、せめて言葉だけでも感謝の意を熱く伝えたい! そう強く望むばかりである。
    | 同級生 | 16:24 | - | - | - | - | ↑TOP
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