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    ガイ・ハミルトンの映画で『燃えよドラゴン』と1970年代のタイを楽しむ

    版権が怖いので、映画の写真は使わず、加藤重夫先生の所蔵写真から。
    「007は二度死ぬ」の撮影中、試し割りの氷を確認しているようです。


    加藤先生の試し割り。
    後方に立っているのは、大沢昇先生。映画では、大沢先生が頭突き氷柱割りを披露しています。
    その左に立っているサングラス姿の人物は、ルイス・ギルバート監督なのでしょうか。
    「007は二度死ぬ」のお話を、大沢食堂で、加藤先生と大沢先生のおふたりから直々に伺えたことは、貴重な体験です。


    【ガイ・ハミルトンを知っていますか?】

     映画監督ガイ・ハミルトンの代表作は「007ゴールドフィンガー」。
     一般的には、007シリーズの傑作「ゴールドフィンガー」。その監督はガイ・ハミルトン、という順序で述べた方が、話は通りやすいのかも知れません。
     高低の位置関係を絶妙に活用したアクション演出で、「ドクター・ノオ」や「ロシアより愛をこめて」を超え、007シリーズの最高傑作と呼ぶにふさわしい、と私は近年、認識するようになりました。
     ガイ・ハミルトンは、後続の007シリーズで監督している「ダイヤモンドは永遠に」「死ぬのは奴らだ」「黄金銃を持つ男」の他、「空軍大戦略」などでも、やはり上と下を行き来する緊迫感により映画の躍動を表現してきました。
     私個人としては、ガイ・ハミルトンの最高傑作は「レモ 第一の挑戦」!と断言したいのですが、この映画について述べることは、改めての機会にゆずります。
     ここで取り上げるのは1974年のロジャー・ムーア主演作である「黄金銃を持つ男」です。


    【「燃えよドラゴン」みたいな映画を作りたい!】

    「黄金銃を持つ男」においては、「ゴールドフィンガー」で見せた高低の位置関係は、だいぶ影を潜めています。
     代わりにというわけではないのですが、強烈に台頭してきたのが「燃えよドラゴン」への意識です。
     DVD特典のオーディオコメンタリーを聞くと、ガイ・ハミルトンは「ブルース・リーの映画が出始めていた」「カンフーを取り入れたかった」といった内容の発言をしています。
     映画作りの実績や経験で上回るプロフェッショナルでありばがら「あんな映画を作りたい!」と思ってしまったのでしょう。
     そんな思いを抱くにとどまらず、映画を作る中で実行に移してしまうガイ・ハミルトンに強烈な親近感が湧いてしまいます。
     当時、「燃えよドラゴン」を見た多くの人たち(もちろん、私も含めて)が、ブルース・リーになりたい!と思いました。
     これと同じ効果で、ガイ・ハミルトンは、映画作家としての創造意欲を強烈に刺激されたようです。


    【加藤重夫先生の得意技によって映画史の伝統が継承された】

    「黄金銃を持つ男」に登場する大企業家ハイ・ファットの邸宅は、「燃えよドラゴン」における少林寺の寺院に酷似しており、止まっている相撲の力士といったイメージ、さらには鏡の間など、「燃えよドラゴン」の構成要素が続出します。
     中でも、ハンの要塞島で練習をする空手着姿の者たちを、数として大幅にスケールダウンしながら、ハイ・ファットの道場に並ばせ、さらにはジェームズ・ボンドにまで空手着を着させて格闘させるのですから、笑いを超えた愛着が生まれてしまいます。
     この道場で、ジェームズ・ボンドは、試合を強要され、互いに礼をする際、自分は礼をせずに、頭を下げた相手の顔面へ蹴りを喰らわせます。
     相手が礼をして頭を下げたところへの攻撃。これは、加藤重夫先生の得意技でした。
     加藤先生は「007は二度死ぬ」で大沢昇先生たちと共にアクションを演じています。
     ルイス・ギルバート監督ショーン・コネリー主演の「007は二度死ぬ」から、ガイ・ハミルトン監督ロジャー・ムーア主演の「黄金銃を持つ男」へと、加藤重夫先生の技を介して、映画史の伝統が継承されていたことは、日本人として誇るに足る名誉です。
    | 映画 | 13:08 | - | - | - | - | ↑TOP
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      加藤泰が「宮本武蔵」で実現した水の運動と時間軸
      「宮本武蔵」(1973年 監督/加藤泰 主演/高橋英樹)を昨日(4月13日)、前半の1時間ほど見てから練習しよう、と思って見始めたら、最初の数秒で目が離せなくなり、ラストまで通して見てしまいました。
      映画の力を感じます。
      「剣豪の姿や思想を見るのも練習」と勝手に言い訳を作って、練習はお休みです。
      巌流島の決闘が4月13日に行われたことを、映画の中で知り「同じ日に映画を見ているのか!」と幸運な気分に浸ることもできました。
      水の運動が丹念に描かれていることが最大の特徴でしょう。
      カメラが水に浸して設置され、水面の運動が画面の最前部を占めている強烈なショットが数多く使われているのは、その証です。
      水は変容しながら大きな存在となっていき、ついには登場人物たちを包み込んでしまいます。
      巌流島の決闘で雨を降らせたことは、作り手の堅固な意図が実現された結果です。
      人間とは別の主人公が生まれ、説話とは別の時間軸が生まれ、人間ではない主人公が、次元の異なる軸に沿って視覚化され変化していく。
      多様な要素を包含し得るがゆえに希薄化しがちな映画の真実が、この映画では、水の運動によって明確に顕在化されています。
      久しぶりに、映画の真実を見ることができました。
      この感銘は、忘れかけていた人と再会できた喜びに近いような気がしています。
      | 映画 | 21:32 | - | - | - | - | ↑TOP
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        2019年DVDベストテンは、驚くべき傑作たちとの出合い

        第1位 ガラスの鍵(1942年 監督/スチュアート・ヘイスラー 主演/アラン・ラッド)

        第2位 真人間(1938年 監督/フリッツ・ラング 主演/シルヴィア・シドニー)

        第3位 大平原(1939年 監督/セシル・B・デミル 主演/バーバラ・スタンウィック)

        第4位 007ゴールドフィンガー(1964年 監督/ガイ・ハミルトン 主演/ショーン・コネリー)

        第5位 拳銃貸します(1942年 監督フランク・タトル 主演ヴェロニカ・レイク)

        第6位 四谷怪談(1956年 監督/毛利正樹 主演/若山富三郎)

        第7位 四谷怪談(1959年 監督/三隅研次 主演/長谷川一夫)

        第7位 聖衣(1953年 監督/ヘンリー・コスター 主演/リチャード・バートン)

        第9位 ヴァジニアの血闘(1940年 監督/マイケル・カーティス 主演/エロール・フリン)

        第10位 ポール・ニューマンの脱走大作戦(1968年 監督/ジャック・スマイト 主演/ポール・ニューマン)

         今年も、驚くべき傑作たちので出合いが多かった。
         すばらしい新作も少なくはなかったものの、今年の「ゲームの規則」は、できるだけ年代の「古い」作品に限定する、としてみた
         『ガラスの鍵』の先駆性と空間処理は圧倒的。それらを、映画史における全時代を通じて、真に高度な技術として記憶しなければならない。
         『真人間』の救済と再生、それは『聖衣』で歴史上の逸話として再現され、さらには『ポール・ニューマンの脱走大作戦』の幸福な結末へと継承される。
         『大平原』の限界が存在しないかに思えてくる作劇術。
         『007ゴールドフィンガー』は、007シリーズならテレンス・ヤングという定評を覆し、上下のく空間処理に絶大な能力を発揮したガイ・ハミルトンこそ、007シリーズを代表する作り手、と新たな認識を植え付けさせてくれる。
         『拳銃貸します』や『ヴァジニアの血闘』における距離の伸縮による緊迫と高揚。
         同じ順位に位置することによって互いの価値を高らしめる同じ題名の『四谷怪談』が両立することは、映画史における奇跡の一つだ。
        | 映画 | 14:26 | - | - | - | - | ↑TOP
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          40年の歳月を経て理解する「ルパン三世 カリオストロの城」の傑作性


          見たいときに見ることができ、何度見ても幸福を味わえる。
          そんな映画を「楽園の映画」と名づけました。

          数ある楽園の映画群に、またひとつ傑作が加わりました。
          「ルパン三世 カリオストロの城」です。
          え?今さら?と思われる方は多いでしょう。

          この映画を初公開時に映画館で見たとき、「ルパン三世」の第2シリーズに見切りをつけていた私は、やっと第1シリーズの世界が帰ってきた!と快哉を叫んだものです。
          しかし、その後、映画館やテレビなどで何度か繰り返し見て、映画史上の最高傑作(私の中では、200作以上あります)に入るほどではない、というくらいの想いしか抱いていませんでした。

          前回に見てから何年になるのか、もはや思い出せないくらい長い年月を経て、このたびブルーレイで見直しました。
          目的は、ブルーレイ版の画質検証くらいだったのですが、逆転!
          これまでに見た、どのときよりも深い感銘を受け、これこそ楽園の映画として座右に置かねばならない!と即座にDVDの購入を決意しました。

          これほどの傑作を、実に40年の間、理解できていなかった私は、映画の理解力がまだまだなのだ、と強く思い知らされました。
          それゆえに、まだ見ぬ傑作たちとの出合い、理解できずにいる傑作たちとの再会に、限りない期待が湧き上がっています。

          以下、「ルパン三世 カリオストロの城」について、批評ではなく、感想の形で、まとめてみました(長文です)。


           ブルーレイでも、多少の傷や汚れは消し切れていない。ブルーレイ特有のベタッとした色あいは、良い意味で言えばテクニカラーを思わせる。しかし、もう何年、いや何十年もフィルムで見ていないのだから、改めてフィルムを見て対比しなければ意味がない。
           説明的なせりふが多い。子ども向けを意識したためだろうか。もっと工夫やひねりや毒気があってこそ「ルパン三世」だ。
           初めて見たときから、ずっと言い続けていることだが、音楽への違和感が、どうしてもまとわり続けている。山下毅雄の音楽に入れ替えた特別版が作られることは永遠にないのか?

           ……そんなことを思いながら見ていた。ルパンと次元が、大公家の古屋敷を訪ねるまでは。
           火事で荒れた屋敷を見ながら敷地を歩き、ルパンの過去が少しずつ明らかになってくると、もはや涙が止まらない。

           過去と現在という2つの事象が明確にされることによって、この映画の本質もまた明らかになり、確たる主題の貫徹へと加速されるからだ。

           対比や対照は、豊かに様相を変えながら、この映画を支える根源として輝きを放ち続ける。

           核となる対比は、上と下だ。言い換えれば、高さと低さ。
           高所の最たるものが時計搭であり、低所は地下の墓地や偽札工場だ。
           これらは、人間の能力を超えた高さや低さにはなっていない。
           登ろうと思えば登れる高さであり、下りようと思えば下りることのできる低さである。
           誰が見ても明確な距離感ゆえ、かえって高さや低さによって生じる難しさや怖さが強く伝わってくる。

           最近の映画では、「スカイスクレイパー」が、世界最高層のビルを舞台にしている。
           しかし、高さを比較できる対象となる場所や運動の場面が少ないために、高さの把握や恐怖が希薄になり、限定された空間の中で敵や炎と戦っているという印象にとどまってしまう。
           逆に深海を舞台とした「MEG ザ・モンスター」では、人類未踏の深さに潜行していっても、それは一般人に実感できない「低さ」ゆえに、やはり限定された空間における巨大サメとの戦いに終始するところから脱し得ない。
           見る者が、高さや低さを現実的な恐怖の対象として実感できるには、適度な比較の対象を常に設定しておくことが必要となる。

           過去と現在。上と下、すなわち高さと低さ。
           それらに加えて、光と影、金と銀、衛士と埼玉県警など多様な対照が変奏されていく。

           2つの対照をつなぐ中間の存在が、主人公のルパン三世である。
           クラリスと伯爵の間を往来して活躍するという説話上の設定を大きく超越し、その「中間性」は、私たちの視覚を直撃する。

           自動車で崖の壁面を登って下りる、城の壁面を駆け下りる、などの描写が、「荒唐無稽」「そんなことできるはずがない」といった意識を見る者に抱かせる隙もなく、爽快感のある速さや迫力をもって圧倒するのは、高所と低所を結ぶ斜めの線を高速で移動する運動として、この映画の本質を画面上に構築ているため、と見なしても良いのではないだろうか。

           2つの対照と中間の存在。まるで「七人の侍」や「用心棒」や「荒野の用心棒」のような設定が、さらに純粋に厳格に、そして豊穣に視覚化され続ける表現力に、限りない幸福と深い畏怖をおぼえずにいられない。

           この偉大なる傑作が40年前に誕生していた歴史的事実に、ちょうど40年の歳月を経て気づいたことは、決して遅すぎたものではない、と解釈していいだろう。
           そして、これからの年月を、楽園の映画である「ルパン三世 カリオストロの城」と共にできる幸福を無上の喜びとして受け入れたい。
          | 映画 | 19:17 | - | - | - | - | ↑TOP
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            『ガラスの鍵』は、次代の映画作家たちに映画史の伝統を継承し輝きを与える傑作である

            殴られてベッドに横たわるアラン・ラッド。敵の手下2人が博打をしながら監視している


            床を這って脱出するアラン・ラッド。主人公が床を這うという行為は稀少だ


            床に接した低い窓のガラスを割って外へ飛び出すが


            上階から屋根に激突して、さらに落下。ジャッキー・チェンの遙かな先駆がここにある


            『エルダーブッシュ峡谷』では、低い扉から犬を逃がし、ラストでは、この扉から犬が戻ってきて、めでたしめでたし


            瓶を回しながら敵と駆け引き。いつ、この瓶で殴るか?という緊迫感が高まる


             ヴェロニカ・レイク出演作の一環としてとらえ、他の出演者やスタッフの知識をほとんで得ないままに見始めると、原作者の名にダシール・ハメットが浮かび上がり、期待に近い胸騒ぎが起こる。
             その予感は、想像を大きく超える形で現出した。

             黒澤明が『用心棒』を、『血の収穫』をはじめとするダシール・ハメットの諸作品からヒントを得ている、と公言していたことは広く知られている。
             この『ガラスの鍵』では、『用心棒』の説話構造という不可視の要素以上に、『用心棒』の場面そのものの原点となっている可視的な要素が多数登場する。

             最も顕著であるのが、アラン・ラッドが敵に捕えられ、監禁されて痛めつけられる場面だ。
             徹底して殴られ顔をひどく腫らせたアラン・ラッドが、うめきながらベッドに横たわり、その横では監視役にして殴り役でもある敵の手下2人が、博打をやっている。
            『用心棒』で、三船敏郎の桑畑三十郎が同じ目に遭っている場面が、すぐさま想起されることだろう。
             脱出の手段は違っているが、床を這って敵の追っ手を逃れる過程は共通要素である。
            『用心棒』では、縁の下を這い続けて脱出する。
            『ガラスの鍵』のアラン・ラッドは、這って床に接した窓ガラスを割って脱出する。
             注目すべきは次のショットだ。
             屋外のカメラに切り換わり、監禁されていた部屋が3階くらいの上階であることがわかる。
             窓を破ったアラン・ラッドは、落ちて下階の屋根に激突し、はね返って、さらに下の階へ落下し、食事をしている家族のテーブルを直撃する。
             この瞬時の空間拡大は絶大な魅力を発揮している。
             世界の黒澤明といえども、この空間表現に達することができなかった。

             床に接した窓という状況設定だけをとっても、偉大なる映画史の系譜が浮かび上がる。
             D・W・グリフィスの『エルダーブッシュ峡谷の戦い』(1913年)で、襲撃の中での緊迫と幸福なる結末の、どちらをも実現するこの窓(形状としては扉と呼ぶべきか)。
             床に接した窓は、1942年の『ガラスの鍵』を経て、1983年にはフランソワ・トリュフォーが遺作の『日曜日が待ち遠しい!』で受け継いでいる。
             偉大なる映画史の伝統を受け、次代へと継ぐ足跡を力強く残している点でも、『ガラスの鍵』の傑作性が確たるものとなっていよう。
             
             この傑作を作り上げた監督はスチュアート・ヘイスラー。
             私は、この映画の他に『東京ジョー』しか見ていないが、このような力量の作り手が存在したことを素直に驚き、受け入れたいと思う。
             『東京ジョー』においても、上階から落下して途中の屋根にぶつかる、といった運動などが変奏されており、今後、一層の研究によって、その実力を世に知られてもらいたいものだ。

             脱出場面の後も、テーブルの上にある瓶をくるくる回しながら、敵との駆け引きを続けるなど、『用心棒』に直継される運動などもあって、喜びは高まるばかりだ。
             黒澤明が、説話構造を利用した以上に、可視的な造形、設定、そして運動を受け継いでいるこの『ガラスの鍵』は、黒澤明の映画史に自覚的な視点や創造力が、映画史の中で、これまで以上に高く評価されるべきである、と私たちに知らしめ、自らが光を放つだけでなく、伝統を受け継ぐ後進の映画作家たちに輝きを与える力をもみなぎらせている。
            | 映画 | 14:50 | - | - | - | - | ↑TOP
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              2019年DVDベストテン第一位は「裁きは終わりぬ」
               2018年のDVDベストテンを選出してみる。
               自分が、この1年間に見たDVDのみ、という極めて私的なルールで、これほど狭い範囲のベストテンを作成するのは初めてだが、年末の行事として実施するのも一興だろう。
               DVDだけながら、ひと月に1作以上の傑作に巡り合えたことを確認し、映画の豊穣さを享受できる幸福に改めて感銘させられる。

               これまで、映画館で見る機会に恵まれなかったアンドレ・カイヤットの「裁きは終わりぬ」が圧勝の結果となった。ファーストショットから画面を圧倒し続ける奥行きの構図が、ジョン・フォードやマキノ雅弘をも凌駕する域へ達している驚愕の傑作だ。

               「大いなる幻影」「越境者」「素晴らしき哉、人生!」「へそくり社長/続・へそくり社長(正続で1作と見なすべき)」「編笠権八」のあふれる優しさと救済、「曳き船」のカメラが窓を通り抜ける超絶した技術、異例の1監督2作が並び立つフリッツ・ラングの比類なき力量と理論がほとばしる「復習は俺に任せろ」と「仕組まれた罠」、ルイス・ブニュエルの真骨頂にして頂点を確信させる「小間使いの日記」…
               国も年もジャンルも、そしてフィルムという記録媒体すら超越した傑作群に、ただ畏れが高まるばかりである。

              第1位 裁きは終わりぬ(1950年 フランス アンドレ・カイヤット)
              第2位 大いなる幻影(1937年 フランス ジャン・ルノアール)
              第3位 越境者(1950年 イタリア ピエトロ・ジェルミ)
              第4位 曳き船(1941年 フランス ジャン・グレミヨン)
              第5位 復習は俺に任せろ(1953年 アメリカ フリッツ・ラング)
              第6位 素晴らしき哉、人生!(1946年 アメリカ フランク・キャプラ)
              第7位 小間使いの日記(1963年 フランス/イタリア ルイス・ブニュエル)
              第8位 仕組まれた罠(1954年 アメリカ フリッツ・ラング)
              第9位 へそくり社長/続・へそくり社長(1956年 日本 千葉泰樹)
              第10位 編笠権八(1956年 日本 三隅研次)
              次点  火の接吻(1949年 フランス アンドレ・カイヤット)
              | 映画 | 17:20 | - | - | - | - | ↑TOP
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                山中貞雄・小津安二郎・ヴィム・ヴェンダース!

                 早稲田松竹で、山中貞雄、小津安二郎、ヴィム・ヴェンダースの揃い踏み!
                 すごい時代になったものです。
                 赤いやかんに向かって「小津さん…」とつぶやきながら礼をするアキ・カウリスマキの姿を思い出しながら、早稲田松竹の前を通り過ぎて明治通りへと流れ、お世話になっている東邦出版さんのビルと看板に向かって、元旦から3日連続となる目礼をする私でした。
                | 映画 | 17:21 | - | - | - | - | ↑TOP
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                  『ベルトリッチの分身』でベルナルド・ベルトリッチが喫した二つの敗北

                  大河内傳次郎が一人三役に扮した『鼠小僧次郎吉』。屋根の上で、次郎吉と目明し勘右衛門が取っ組み合います。大河内傳次郎は下になった目明し勘右衛門で、上になった次郎吉はスタントです。細かいショットつなぎの中、顔が見える方を必ず大河内傳次郎が演じています。特撮を使っているわけではありませんが、ひとりの俳優が二役に扮して乱闘する、こんな場面が映画の欲求を満たしてくれるのです。


                  『ベルトリッチの分身』におけるワンショット。中央の黒いところで画面をつないで合成しています。スチールでは見えていませんが、実際には中央の黒いところに煙のようなものがかかって、分割の印象を緩和します。高度な合成には至っていません。


                  ベルトリッチが必ずや意識していたであろう、ジョン・フォードの傑作『俺は善人だ』。中央より右側で画面がつながれていますが、手前にテーブルを合成することによって、分断化を感じさせません。ふたりのエドワード・G・ロビンソンが、いつ同一画面内に収まるのか? それだけでも極上の緊迫感です。



                   配色、モノローグ、文字…。
                   これらを見る限り、ジャン=リュック・ゴダールの完全影響下にある、と見なされても仕方がないだろう。
                   しかし、音声とそれを発する人物の不一致、文字のみの画面などは使用されていないから、徹底したゴダール踏襲にはなっていない。
                   時代を先導するゴダールをちょっと真似てやる、くらいの遊び心で、ベルナルド・ベルトリッチの真に追求したいものを他にあったはずだ。

                   想像でしかないが、ベルナルド・ベルトリッチは、この作品で、予算をかなり自由に使えたのではないか。
                   ジョン・フォード(バンブーハープ)、セルゲイ・エイゼンシュテイン(階段と乳母車)、カール・ドライエル(影の分離)など、愛する映画へのオマージュが均衡を逸して多用されていることに、経済的自由が投影されている。
                   同時に、持続する影の運動(扇風機)、階段での長い影(カメラを横にして長い階段を収める大胆さ)、実体から分離する影と影の攻撃、といった多様な影が、この映画の大きな魅力を形成していることから、ベルナルド・ベルトリッチは自由にその作家性を発揮していることも察せられる。

                   しかし、対照的な人格を持つ二人の人間を同一の俳優が演じる、誰もが知る言葉である「一人二役」を設定してしまったことにより、登場人物だけではなく、ベルナルド・ベルトリッチ自身も迷宮に迷い込んでしまった感じがする。

                   一人二役は、その最も偉大な体現者である大河内傳次郎が、いくどとなく映画史に残る一人二役(一人三役さえも)を演じ続けてきた。
                   ベルナルド・ベルトリッチは、この映画を作った時点で、おそらく大河内傳次郎の映画を見てはいないだろう。
                   しかし、ジョン・フォードと、彼の監督下で一人二役を演じきったエドワード・G・ロビンソンという偉大な二人の映画人を通して知ることにより、自分も、という創造意欲にかられていたことは想像に難くない。
                   
                   壮大な志をもって映画史へ挑んだものの、残念ながら、結果は映画の欲求に応えるレベルから遠いものでしかなかった。
                   ひとつの画面に同一俳優を同時に存在させる合成場面が多用されるのは必然ながら、いずれもが左右に分割されたふたつの画面を中央でつなぐことにより合成した同時存在にとどまっている。
                   同一俳優が、ひとつの画面内で接触し、重なり合ってこそ、一人二役の特殊撮影は完成し、私たちを感動させるのだ。
                   予算を自由に使える身でありながら、その域へ踏み込まなかったベルナルド・ベルトリッチは、まず第一の大きな敗北を喫した。

                   先述した通り登場人物二人の人格を処理する上で自ら迷宮に迷い込み、言い方を帰れば、収拾がつかなくなってしまって自暴自棄のまま「FIN」を出してしまったとしか見えない展開と結末が、第二の大きな敗北だ。
                   整理された脚本、ゴダールからの脱却、二人の人物というテーマの咀嚼など、この映画におけるさまざまな問題点を解決した結果が、『暗殺の森』のような成功作へとつながる。
                  | 映画 | 18:13 | - | - | - | - | ↑TOP
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                    溝口健二五連戦+タルコフスキー

                    『元禄忠臣蔵 前篇・後篇』のDVDジャケット。使用されたスチールは、後篇のラスト近く、磯貝十郎左衛門との会見を、死の決意を込めて、おみね(高峰三枝子)が大石内蔵助(河原崎長十郎)に願い出る感涙至極の場面


                    『アンドレイ・ルブリョフ』より、鐘を完成させて感涙にむせぶボリス(ニコライ・ブルリャーエフ)を抱擁して祝福しながらイコン描き再開の決意を口にするルブリョフ(アナトリー・ソロニーツィン)

                     山田五十鈴と香川京子が見たいという目的から、年末に『ある映画監督の生涯 私家版』を見たことにより、溝口健二映画への欲求が再燃し、すぐさま『お遊さま』を見て、入念極まるセット造形などから、奥行きの映画作家はジョン・フォードやマキノ雅弘だけではなく、溝口健二という決定的な名前が連ならねばならない、と強烈な感銘を受けて以後、元旦には早稲田松竹へ『元禄忠臣蔵 前篇』『元禄忠臣蔵 後篇』の貴重な二本立て上映に馳せ参じ、想像を二段も三段も上回るセットとカメラ移動に驚愕をおぼえ、三日には『祇園囃子』と『噂の女』をDVDで見て、溝口健二の真骨頂たる芸者世界の描写に酔いしれる。
                     途中、アンドレイ・タルコフスキー三時間の超大作『アンドレイ・ルブリョフ』第一部・第二部を一気に見て、創造の過程と完成の喜びを深く共感する。
                     年末年始、映画館で見ることができたのは二本のみではあったが、極めて充実した映画体験ができた幸福を記録に留めておきたい。

                    | 映画 | 20:53 | - | - | - | - | ↑TOP
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                      映画はまだ死なない(38作)1980年代〜2000年代へ
                      ことの次第(82 ヴィム・ヴェンダース/パトリック・ボーショー)
                      終電車(82 フランソワ・トリュフォー/カトリーヌ・ドヌーヴ)
                      ションベンライダー(82 相米慎二/河井美智子)
                      パッション(82 ジャン=リュック・ゴダール/イザベル・ユペール)
                      海をみつめる日(83 王童/陸小芬)
                      日曜日が待ち遠しい!(83 フワンソワ・トリュフォー/ファニー・アルダン)
                      密殺集団(83 ピーター・ハイアムズ/マイケル・ダグラス)
                      カルメンという名の女(83 ジャン=リュック・ゴダール/マルーシュカ・デートメルス)
                      ストレンジャー・ザン・パラダイス(84 ジム・ジャームッシュ/ジョン・ルーリー)
                      スプラッシュ(84 ロン・ハワード/トム・ハンクス)
                      シティヒート(84 リチャード・ベンジャミン/クリント・イーストウッド)
                      サブウェイ(84 リュック・ベッソン/イザベル・アジャーニ)
                      スパイ・ライク・アス(85 ジョン・ランディス/チェビー・チェイス)
                      モナリザ(86 ニール・ジョーダン/ボブ・ホスキンス)
                      マリオ・リッチの死(86 クロード・ゴレッタ/ジャン=マリア・ボロンテ)
                      恋する女たち(86 大森一樹/斉藤由貴)
                      緑の光線(87 エリック・ロメール/マリー・リヴィエール)
                      恋恋風塵(87 侯孝賢/ワン・ジンウェン)
                      子供たちの王様(87 陳凱歌/謝園)
                      女咲かせます(87 森崎東/松坂慶子)
                      スラムダンス(88 ウェイン・ウァン/トム・ハルス)
                      コントラクト・キラー(90 アキ・カウリスマキ/ジャン=ピエール・レオー)
                      ヌーヴェルヴァーグ(90 ジャン=リュック・ゴダール/アラン・ドロン)
                      3−4X10月(90 北野武/小野昌彦)
                      マルメロの陽光(92 ヴィクトル・エリセ/アントニオ・ロペス=ガルシア)
                      ラヴィ・ド・ボエーム(92 アキ・カウリスマキ/マッティ・ペロンパー)
                      雲南物語(94 張暖折/呂秀齢)
                      Shall We ダンス?(95 周防正行/役所広司)
                      ユリシーズの瞳(95 テオ・アンゲロプロス/マヤ・モルゲンステルン)
                      バンド・ワゴン(96 ジョン・シュルツ/リー・ホームズ)
                      カップルズ(96 エドワード・ヤン/ヴィルジニー・ルドワイヤン)
                      ビューティフル・ガールズ(96 テッド・デミ/ティモシー・ハットン)
                      ガッジョ・ディーロ(97 トニー・ガトリフ/ロマン・デュリス)
                      CURE(97 黒沢清/役所広司)
                      運動靴と赤い金魚(97 マジッド・マジディ/ミル=ファロク・ハシェミアン)
                      アイス・ストーム(97 アン・リー/ケヴィン・クライン)
                      バニラ・フォグ(99 マーク・ターロフ/サラ=ミシェル・ゲラー)
                      春夏秋冬そして春(02 キム・ギドク/オ・ヨンス)
                      | 映画 | 14:24 | - | - | - | - | ↑TOP
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